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アンリジャイエの歴史と偉業!!

2019/3/03

アンリジャイエとはどのような人物なのか、この偉業と功績について解説します。

アンリジャイエとは、21世紀を代表する醸造家です。この人物像にせまり、功績などを詳しく解説していきます。

ワインを選ぶ時、年代や名前、生産地を気にして購入していますか?食事のお供にたしなむ程度のワインであれば、味の好みで店員にすすめられたものを購入する方が多いのではないでしょうか。

しかし、ワイン愛好家ではそうはいきません。産地のみならず、生産農家や醸造家までこだわる愛好家も多いからです。

今回ご紹介したいワイン、それはアンリ・ジャイエが造るワインです。しかしながら、ここでは、アンリジャイエがどのような人物でどのような功績をあげたのか知る必要があります。

人物を知ることでワインを知ることもできるということを今回みなさんには感じて頂きましょう。

■アンリジャイエという人物
アンリジャイエは、あの有名なロマネコンティの畑もあるロマネ村で生まれました。1922年に生まれたアンリジャイエは、元々ネゴシアンという卸売業者にブドウを売る小作農をしている家の生まれでしたので、その小作農を継いで行っていました。

しかし、1973年には、オイルショックや経済の高失業とインフレという経済活動の停滞が起こっているにも関わらず物価が上昇し続ける状態が起こっており、ブドウが売れなくなってしまった時期がありました。

このことがきっかけとなって、当初は仕方なくアンリジャイエ自身が自分のブドウでワインの生産をおこなうという作業を始めたのです。

しかし、このワイン造りは競争率の高いブルゴーニュ地方では簡単なことではなかったはずです。これを、アンリジャイエは独自の製法や製造工程を用いて成功させていきました。

このことが、今にいたるまでブルゴーニュのワインを最高な物へと築き上げた功績へとつながっていきます。

功績がアンリジャイエを『ブルゴーニュの神様』などと呼ばれるようになった所以なのです。

1988年に66歳となったアンリジャイエは、ワイン造りの一線から退き引退します。しかし、彼は2006年の84歳で死去するまで自家消費用のワインのみ自身で作っていたそうです。

アンリジャイエは、最後までワインを愛し続けた醸造家でした。このワイン造りに欠かせないブドウの品種として、ピノノワールという品種を生涯愛し製造していたことも有名です。

では、ここからは、アンリジャイエが残した功績を見ていきましょう。

■醸造家としての功績
アンリジャイエがおこなった製造方法は、昔ながらの製造方法でした。しかし、この製造を始めた当初の1973年当時は近代的、つまり生産性・経済性を重視した製造方法が一般的でした。

これとは全く逆の製造方法である、有機栽培・収穫量の制限・低温マセレーションという方法をアンリジャイエはとっていました。

この方法こそがピノノワールのうまさを最大限に引き出すことができる方法であるとして、この方法にこだわりを持っていました。

特に、『低温マセレーション』は今や一般的な製法の一つですが、この当時は珍しい方法でした。低温マセレーションとは、低温浸漬というもので、収穫されたぶどうを低温で1週間程度貯蔵しておくものです。

この方法をおこなうことで、発酵させない温度で果実の細胞からフェノール化合物を増加させることができるのです。このフェノール化合物が増加することで、抽出の際に渋みが抑えられ、複雑で強い果実の味を感じることができるワインの製造が可能となるとされています。

この方法は、特にアンリジャイエが愛したピノノワールに適した方法とされています。
この方法を定着させたアンリジャイエは、ブルゴーニュ地方で最高峰の高品質ワインを現在も造り続けていくことができるという功績を残しました。

さらに、彼は元々ブドウを生産する小作農でした。そのこともあり、畑をとても大切にしていました。約二千年も続くブルゴーニュ地方のブドウ栽培がなぜ、今にいたるまで伝統として続けることができたのか、未来へもこの畑を守り、ブドウの品質を維持するためにはどうしていくべきなのかを後継者たちに伝えていたといわれています。

当時の彼の製造方法は周りとは全く違うものであったため、異端児であったのは確かです。彼自身も当時を振り返り自分がおこなっていることが正しいか不安になることもあったと語っているほどです。

しかし彼の生産製造方法は、根本的に安全かつ健全、そして高品質なピノノワールというものが根底にあり、製造の元は昔ながらの方法を取り入れていたこと、そこに革新的な低温浸漬問い製法が加わったものでした。

しかし彼の功績は、はかり知れないといえるでしょう。かれのこの行動がなかったら今の高品質なブルゴーニュワインは存在していないのですから。

■アンリジャイエが造ったワイン
彼が製造したワインの味は、世界最高級のロマネコンティをもしのぐ味であると評価されています。

彼が醸造家として作ったワインのすべてが、厚みのある味わいと深い色合いに包まれた中で強烈で透明感のある果実味が広がっているものだといいます。そのすべてが逸品ぞろいで、ワイン好きであれば一度は口にしたいと願ってやまないワインの一つでしょう。

彼のワインの中で、特に人気なのは特級畑のリシュブールとクロ・パラントゥです。この2つは、ドメーヌの特級ワインよりも高価な価格となっています。

さらに、2006年に彼が亡くなった後からはさらに価格が高騰している状況です。高騰しているだけではなく年々入手困難になっているのは間違いないです。

上記で記したように彼のワインはロマネコンティをしのぐといわれています。そう言わしめるワインこそ、アンリジャイエ ヴォーヌ・ロマネ クロ・パラントゥです。人気なのもうなずけるでしょう。

購入するためには、100万円を優に超えてくる価格を覚悟する必要があるワインとなっています。

では、彼が亡くなった今、彼の後継者といえる人物やワインはあるのでしょうか。

■アンリジャイエの意志を継ぐ後継者
彼がなくなってからすでに13年という月日がたっています。彼の意志を継ぐ後継者といえる人物は2人いるとされています。

しかし、特に後継者の最有力者として名前が上がる人物は、彼の甥にあたるエマニュエル・ルジェです。かれは、もっともアンリジャイエの元で長い年月を共にし、一緒にワインを作っていた人物です。

更に、アンリジャイエが引退した1988年以降彼の畑を任され、畑を引き継いだのも彼でした。彼が造るワインは、アンリジャイエの手法を吸収したうえで彼のスタイルを確立し評価されています。

ここで一つ紹介するとするならば、2009年に彼が発売したワインは『偉大なブルゴーニュワインのエレガンスに回帰し、カーヴで長く熟成させることのできるワインとなるであろう。』と高い評価をされています。

■まとめ
アンリジャイエは、ブルゴーニュの高品質で最高峰のワインとしての地位を確立した人物です。彼がおこなった畑を大切にするなどの昔ながらの製法と、革新的な低温マセレーションにより、ピノノワールのおいしさを最大限に引き出し、最高峰のワインを生み出した21世紀を代表する最高の醸造家です。

彼がいたことで、ブルゴーニュのブランドが確立され、現代にいたるまで高品質を保つことのできた功績は計り知れないものです。彼の意志を引き継いだ後継者が今もなお彼の意志を守りながら独自のスタイルを確立し、これからも私たちワイン愛好家の舌を幸福に導いて行ってくれることでしょう。

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